今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

伊藤博文、山県有朋が復活させた2つの県の物語

 地方自治と選挙の話から、日本の都道府県成立の歴史を調べてみた。タイトルの答えは徳島県鳥取県だ。廃藩置県の後、徳島は高知と、鳥取は島根とそれぞれ統合され、消滅していた時期がある。

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鳥取県再置の政府決定文書(国立公文書館所蔵)

 復活したのは併合された徳島県鳥取県が分離・独立(「再置」という)を求め、伊藤博文山県有朋が再置を認めたからだ。鳥取県は今でも再置がなった9月12日を記念日として祝っている。詳しくは下のコラム本文を読んでいただきたい。

読売新聞オンラインのコラム本文

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徳島県鳥取県、再置までの経緯

鳥取は県東と県西の対立も 

 徳島県伊藤博文に請願して何とか再置を勝ち取った。今は阿波踊りの「総踊り」をする、しないでもめているが、阿波踊りも藩主に禁止されたのを跳ね返した過去がある。庶民の自治意識も高いのだろう。高知も自由民権運動発祥の地。最置をめぐるく当時の熱い議論が目に浮かぶ。

 再置のあおりで、徳島県から兵庫県に帰属先が変わった淡路島の帰属の話も面白い。「稲田騒動」で北海道に移住を命じられた淡路の人たちの北海道での苦難は、吉永小百合さん主演の映画『北の零年』でも描かれている。

 鳥取は県東部は島根との統合を嫌い、県西部は歓迎するという複雑な経緯があった。一時は再置ではなく旧鳥取県を東西に分割し、東は兵庫、西は島根に割譲する案が有力だった。

 割譲案を撤回させた山県有朋藩閥政治の権化のようにいわれ、実際に自由民権運動を弾圧しているが、地方自治に理解がなかったわけではないのだ。

二転三転、淡路島の歴史

 最近は地方議会の議員の成り手がなく、地方自治の危機が叫ばれている。だが、地方自治はまだ多くの問題を抱えている。分かりやすい例をあげれば、日本の都道府県の半数以上はいまだに県境紛争を抱えていることをご存じだろうか。こうした問題は国ではなく、地方が主体的に解決しなければならない。

 何よりも、現在の国会議員の3割は地方議会の出身なのだ。伊藤や山県が考えた通り、国政には地方自治が大きな影響を与え、地方は今でも議会制民主主義のゆりかごの役割を果たしている。

 参院選選挙制度抜本改革もこれからが本番だ。地元出身の議員がいなくなり、合区とされて顔も知らない人を地域代表にしてもいいのか。過去の熱い議論を見るにつけ、もっと地方自治に注意を払う必要があると思う。

 

 

maruyomi.hatenablog.com

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