今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

コロナ禍の今、あえて昔の富士山噴火を振り返る

 熊本地震から4年が経つ。熊本のテレビ局にいて最初の最大震度7(前震)に遭遇した時、まさか1日後にも最大震度7(本震)が来るとは思わなかった。

 地震の規模を示すマグニチュードは前震が6.5、本震が7.3。0.8の差は小さく見えるが、マグニチュードは対数で示されるから本震は前震より16倍も大きかったことになる。自然災害はともかく予想できない。

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 新型コロナウイルスの感染が拡大する今は、むしろ災害を実感しやすい面もある。そう考えて、富士山の噴火を取り上げて「複合災害」について考えてみた。

  安倍首相が新型コロナの緊急事態宣言を出したのと同じ4月7日、政府の中央防災会議の作業部会が、富士山の大規模な噴火による首都圏への影響について報告書を公表した。「微量の降灰だけで首都圏はマヒ状態に陥る」という深刻な内容だ。

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 富士山は有史以来、3回の大噴火を起こしている。今は噴火の兆候はないが、300年続いた静穏期が今後も続く保証はまったくない。

 上表の噴火と地震の歴史を見ると、大きな地震が栓抜きの役割を果たし、炭酸飲料の栓を抜くように富士山が爆発することもある。2011年に起きた静岡県東部地震で富士山が噴火しなかったことを「奇跡的」という地震学者もいる。巨大地震はいつ起きてもおかしくないし、地震が噴火の引き金になることがある以上、いつ富士山が噴火してもおかしくないわけだ。 

 政府は4月からこの報告書を踏まえた防災計画の検討に入るという。新型コロナ対策で大変な時期だが、災害は待ってはくれない。備えを急ぐべきだ。学会も同様の緊急提言をまとめている。

大きな災害はみな「複合災害」

 複合災害というと、「そんなことあるはずがない」と思う人もいるかも知れないが、大きな災害はさまざまな被害が重なることの方が多い。東日本大震災では揺れだけでなく、大津波の被害の方が大きかった。

 熊本地震の犠牲者は275人だが、2度の地震で家が倒壊して亡くなった方(直接死)は50人で、地震の後の集中豪雨で亡くなった方や、避難生活による体調の悪化などで災害関連死と認定された方(217人)の方がずっと多い。

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規模を縮小した熊本地震4年の追悼式典(4月14日、熊本県庁)

 こうした二次災害、三次災害を複合災害と同一視することには異論もあろうが、想定外のことへの目配りが必要だという点では大きな差はない。つまり、大きな災害への備えは複合災害への備えでもあるわけだ。

 アメリカではコロナ禍で外出禁止令が出ている中で大竜巻が発生した。地震や火山が多く、集中豪雨や大型台風の上陸も増えている日本では、常に大きな規模の複合災害を想定しておくべきだろう。

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宝永大噴火では偏西風に乗って火山灰は房総半島まで届いた(富士山火災防災マップ)

もしウイルスが可視化できるなら...

 宝永4年(1707年)12月16日(旧暦11月23日)に始まった富士山の爆発的な噴火は断続的に16日間続き、宝永火口から噴出した火山礫や火山灰は房総半島まで降り注いだ。

 江戸は3日間にわたって昼も暗闇になった。空振や降灰が続き、人々はみな激しい咳に悩まされたという。降灰が収まってからも、長い間、風で巻き上げられた火山灰で目を傷める人が続出した。

 降灰で肺を痛めた人が増えたためか、翌年春にかけて感冒(インフルエンザ)が大流行し、『翁草』が紹介する「これやこの 行くも帰るも風(風邪)ひきて しるもしらぬも大方は咳」という状況になった。今の目に見えないウイルスとの戦いが可視化できたとしたら、当時の江戸のような状況なのかもしれない。 

 幕府の財政破たんで復旧は後手に

 宝永噴火は複合災害の典型だった。4年前の元禄16年(1703年)には相模トラフを震源とする元禄地震、噴火の49日前には南海トラフ震源とする宝永地震が起きて、日本の太平洋岸のほぼ全域は大きな被害を受けた。江戸の大火や洪水、さらには麻疹(はしか)の流行もあった。5代将軍徳川綱吉(1646〜1709)の死因も麻疹とされている。

 勘定奉行の荻原重秀(1658〜1713)は貨幣改鋳や各藩一律に初の諸国高役金(臨時税)を課すことで復興財源を得ようとした。計約49万両(今の価値で約7000億円)が集まったが、ここから復旧・復興に回されたのは16万両に過ぎなかった。

 さらに被災地で実際に使われたのはこのうち6万両だけ(永原慶二『富士山宝永大爆発』)で、大半は財政赤字の補てんに充てられ、中抜きされたり、役人の懐に入ったりして消えた使途不明金も少なくなかった。

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富士山東南山腹に開いた宝永火口

 このしわ寄せは被災地がかぶることになる。宝永火口に近く、噴火で壊滅的な被害を受けた須走村(静岡県小山町)など富士東麓の復旧・復興は幕府が小田原藩の領地の大半を直轄化して進めた。しかし、幕府は酒匂川の砂除け(火山灰の浚渫)を優先し、砂除けに協力した流域の村には協力金(補助金)を出したが、田畑の砂除け(天地返し)は自助を原則とし、協力金を出さなかった。

 酒匂川の砂除けを優先したのは、東海道という重要な交通インフラの復旧を優先したためではないか。たまたま小田原藩主が幕府老中だったから直轄化には応じたが、大規模な財源をつぎ込むつもりはなかったのかもしれない。

 しかし、川はいくら砂除けをしても氾濫を繰り返し、幕府領の約半分が小田原藩に復帰した時には、噴火から40年が経過していた。被災者を見かねた幕府代官の伊奈忠順が独断で幕府の貯蔵米を分配し、命令違反で更迭された。復興方針の食い違いや忠順の悲劇はコラム本文で詳しく書いているのでお読みいただきたい。

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避難所の問題点は「適切に検討する」 

 最後に、多くの人が不安を抱く「今災害が起きたら避難所はどうするなるのか」について触れておく。これまた緊急事態宣言の発令と同じ4月7日、厚生労働省都道府県などに「避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について」という通知を出している。

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 主な内容は以下の通りだ。

  • 指定避難所以外の避難所を開設するなど、通常の災害発生時よりも可能な限り多くの避難所の開設を図るとともに、ホテルや旅館等の活用等も検討する
  • 避難所が過密状態になることを防ぐため、可能な場合は親戚や友人の家等への避難を検討してもらう
  • 自宅療養等を行っている軽症者への適切な対応を事前に検討する。避難者の健康状態の確認は、適切な対応を事前に検討の上、避難所への到着時に行うのが望ましい
  • うがいや消毒など避難所の衛生管理に留意する
  • 発熱、咳等の症状が出た者は、専用のスペースを確保し、可能な限り個室とし、専用のトイレを確保する
  • 新型コロナ感染症を発症した場合の適切な対応を事前に検討する。軽症者等も原則として一般の避難所に滞在するのは適当でないことに留意する

 避けるべきこと、すべきことについては細かく目配りしているし、前文では国が連携・支援することも明記している。しかし、避難所の増設や避難所で感染者が出た時の対応は「事前に適切な対応を検討する」とあるだけだ。悪くいえばお題目だけで、具体的な対応は地方自治体に丸投げしているようにも読める。

 そもそも日本は、感染症災害対策基本法や災害補償の対象から外している。新型コロナの感染拡大は法律上では災害ではなく、今、地震や噴火などが起きても、法律上は「複合災害」ではないのだ。

 欧米はコロナ禍を「災害」として強力な措置を取っている。まず、諸外国のように感染症を「災害」と認めるべきではないか。江戸の複合災害のように、被災者にしわ寄せがいくことは避けなけれならない。

 

 

 

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