今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

コロナ禍3年目の夏に考える「お盆」の意義

  

 新型コロナウイルスの感染拡大「第7波」が勢いを増す中で、日本最大の民族大移動の時期「お盆」の週がやって来た。今年は行動制限のない久しぶりの夏。東北では大雨被害が心配されたが、3年ぶりの「三大祭り」が始まった。

読売新聞オンラインのコラム本文

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太陽暦の採用でスライドしたお盆

 諸説はあるが、コラム本文では「東北三大祭り」の起源はいずれも「七夕」で、七夕はお盆の行事の一環だったという説が有力だと紹介した。

 お盆が8月13〜16日に行われるようになったのは、今の暦(太陽暦)が採用された明治6年(1873年)以降。それまでは旧暦(太陰太陽暦)の7月15日に行っていた。旧暦と新暦とを同じ日とみなしてスライドさせたわけだが、太陽暦7月15日(つまり、今の7月15日)は農繁期で、学校も休みではなく、特に農村では大人も子どもも行事の準備をする余裕がなかった。1か月遅れの8月15日なら農作業もひと息つき、行事がしやすい。都市部でも工場の操業を一斉に止めて、子どもの夏休みに合わせて同時に休めば帰省ができる。お盆休みは製造業、つまり工場中心の日本の産業モデルにもあっていた。

 月遅れのlお盆はこうして定着していくが、お盆と七夕は一体的な行事なのだから、お盆を衝き遅れにするなら、七夕も月遅れの8月7日に行うようにすべきだったのかもしれない。

旧暦にも戻さず「中暦」が定着

 中国など東アジアでは太陽暦を採用しても年中行事は旧暦にあわせて行うのが普通で、例えば正月は日本では太陽暦の1月1日に祝うが、中国では旧暦の1月1日(春節)に祝う。これは法律などで決められたわけではない。では、旧来通り旧暦の7月15日にお盆の行事を行えばいいかというと、それも難しかった。旧暦の7月15日は今の暦では年によって8月前半から9月前半までの異なる日となるから、毎年行事の時期がずれてしまう。

 実際に正月を春節で祝う中国など東アジアの国では、毎年正月休暇の時期がずれている。これらの国は旧暦を併用することによるずれを受けいれているが、日本は、年中行事を西洋の合理主義(製造業中心の成長モデル)にあわせて旧暦を捨て、お盆の中日が毎年代わることがないように、8月のどこかに決める流れになった。太陽暦の採用以降にお盆については「中暦(月遅れ)」が普及したのは、日本ならではの事情もあると思われる。

 なお、日本が太陽暦を採用した経緯については、別のコラムでも詳しく記している。 

インドの「逆さ吊り」が起源

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 そもそも仏教行事の「盂蘭盆」はサンスクリット語の「ウラバンナ(逆さ吊り)」が語源とされる。亡き母が極楽に行けずに地獄で逆さ吊りにされていることを知った弟子が、釈迦から「夏の修行が終わった7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができる」というアドバイスを受け、実行したのが始まりという。

 語源は古く、由緒正しい行事ということがわかる。この盂蘭盆会の行事が日本の祖霊信仰と融合し、旧暦の7月15日⇒新暦の8月15日に日本独自のお盆の風習ができていった。

さらに終戦の日が加わって...、

 昭和20年(1945年)8月15日に玉音放送が流れたことで、先祖の霊を慰める日として、8月15日は非常にふさわしい日となった。今の暦を基準に整理すると、日本のお盆は旧暦の盂蘭盆会(8月前半〜9月前半)から太陽暦の導入で7月15日になったが、そこから月遅れの8月15日へとリセットされ、戦後に終戦記念日の要素が加わって「先祖をしのぶ日」として定着したわけだ。

 

 多摩地方を除く東京都や、静岡や石川県の一部では新暦(今の暦)の7月15日、沖縄県では旧暦の7月15日がお盆という地域もあるが、今やお盆は月遅れ(中暦)の8月15日というのが一般的になった。新聞も少し前まで8月15日を「月遅れのお盆」と表記することがあったが、最近はただ「お盆」と表記するようになっている。

 2022年7月15日(つまり、東京ではかつてお盆とされた日)に記者会見した東京都の小池知事は、コロナ第7波で中止した「都民割」の再開時期を「お盆明けには再開したい」と述べた。新暦でお盆行事を行っていた東京も、お盆は8月15日と認識するようになっている証左だろう。

 ちなみに8月15日は公式には「戦没者を追悼し平和を祈念する日」。閣議決定でこう定められたのは昭和57年(1982年)のことで、いまだに「終戦の日」というのは通称に過ぎない。

 新たな生活様式にあわせたお盆

 都市部に住む若い世代が年に何度か実家に帰省し、親子で顔を合わせるのは大切なことだ。だが、新型コロナ拡大の中でも、これまでのように一斉に休暇をとり、一斉に混雑の中を帰省することが合理的といえるだろうか。8月15日にお盆を行わないことと、日本の古式ゆかしき伝統をないがしろにすることとは違うというのは、これまでスライドしてきたお盆の歴史を見てもわかるだろう。

 コロナの感染が拡大する前から、通勤地獄や職場の飲み会への強制参加といった職場慣行は見直しを求める声が強かった。休暇を取りやすいように伝統や古来のしきたりを柔軟に見直し、お盆の時期をスライドさせてきた日本人なら、戦後にできた帰省慣行の見直しも難しいことではないはずだ。もちろん休みをとるのが難しい人もいるだろうが、本当にゆっくり祖先をしのぶには、都合のいいときに帰省できる社会であることは言うまでもない。

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 *2022年8月6日に記事を更新しました。

 

 

 

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