今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

鬼滅の刃と日本神話 “聖地”の共通点

  

人気漫画『鬼滅きめつやいば』のコミック累計発行部数が電子版を含めて1億部を突破した。「週刊少年ジャンプ」の連載はすでに終了しているが、人気は依然衰えず、劇場版の映画も公開された。

 物語のモデルは多くが不明だが、『鬼滅』ファンは主人公の少年、竈門かまど炭治郎たんじろうと同じ名前の神社などをゆかりの地に見立てて“聖地巡礼”に訪れている。

 これらの“聖地”の由来をたどっていくと、『鬼滅』と日本神話のつながりが浮かび上がってくる。

読売新聞オンラインのコラム本文

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公式ファンブック

九州の神社や山を連想

 『鬼滅の刃』は人食い鬼に家族を惨殺された炭治郎が、鬼狩りの非合法組織「鬼殺隊」の仲間とともに鬼と戦う物語だ。家族の中で唯一生き残った妹の禰豆子ねずこも鬼と化し、炭治郎は妹を人間に戻す方法を探る使命も担っている。

 物語が展開するのは」大正時代だが、東京・浅草など一部を除いて舞台がどこなのかは作中からは分からない。炭治郎の出身地は公式ファンブックで東京都の雲取山くもとりやまとされているが、作者の吾峠ごとうげ呼世晴こよはるさんは福岡県の出身で、作中には九州の神社や山を連想させるエピソードが数多く盛り込まれている。

 神社に奉納された絵馬などを見る限り、“聖地”として注目されているのは福岡の宝満山竈門神社、大分県別府市の八幡竈門神社などのようだ。

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 2つの「天孫降臨の地」との関係

『鬼滅』との関連が指摘される「鬼」と「日本神話」の観点から言えば、宮崎県南端の霧島連山高千穂峰と、北端の高千穂峡はもっと注目されてもいいように思う。

 「鬼が造った石段」がある都城市つま霧島神社は、天照大神アマテラスオオミカミの孫、瓊瓊杵尊ニニギノミコトが降臨した高千穂峰の山頂を飛び地境内としている。神社には『鬼滅』で炭治郎が一刀両断にした巨石によく似た「割裂神石かつれつかみいし」がある。「十握とつかつるぎ」で石を3段に斬ったという伝承が残るのは、日本の創造主、伊邪那岐命イザナギノミコトイザナギ)だ。

  もうひとつの天孫降臨の地とされる高千穂峡にも「鬼八きはち」という名の鬼が暴れまわり、神武天皇の兄、三毛入野命ミケヌノミコトが退治したという伝説がある。鬼八は熊本県阿蘇や大分・宮崎県境にそびえる祖母山まで逃げ回り、退治されても生き返って暴れたため、死体の首を切り、体もばらばらにしてようやく退治したという。

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 高千穂町高千穂神社には鬼八を退治する三毛入野命の木像があり、夜神楽も行われる。町内には鬼八の首塚、胴塚、手足塚や、鬼八が三毛入野命の刃をよけた際に切られたという「鬼切石おにきりいし」も残っている。

 北の高千穂峡と南の高千穂峰のどちらが本当の天孫降臨の地なのかについては古くから論争がある。そもそも天孫降臨の地と伝わる「高千穂」が2か所あることも、知らない人が意外と多い。それにしても、日本神話の由緒正しい天孫降臨の地に、ともに鬼の伝説が残っているというのはちょっと不思議ではある。

 炭治郎は火の神カグツチ

 作者の吾峠さんはコミック第1巻のコラムで、作品のタイトルの候補に『鬼狩りカグツチ』『炭のカグツチ』もあったと明かしている。カグツチは『古事記』では「火之迦具土神ヒノカグツチノカミ」などの名で登場する火の神で、火を使う台所(かまど)の神でもある。

 カグツチイザナギ伊邪那美命イザナミノミコトイザナミ)の「国産み・神産み」の最後の子だが、生まれた時から火に包まれていた。母のイザナミは産み落とす際の大やけどがもとで死んでしまい、怒った父イザナミカグツチの首をはねる。

 カグツチは母を死なせ、父に殺されてしまった悲しい神でもある。なみにカグツチを祀る火男火売神社も高千穂峡に近い大分県別府市にある。

 敗者で影の存在

 神話は一定の史実を反映しているといわれる。古代国家の成り立ちと関係があるとすれば、鬼はヤマト政権に征服された「敗者」の象徴であり、「影」の存在という見方ができる。鬼が日の光に弱いのは、皇祖神で太陽神でもある天照大神の子孫が率いる国に敵対したからで、鬼が山に住むのは、平地の田畑から追い出されたから、という説がある。

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高千穂の夜神楽に登場する七鬼神

 『鬼滅』では竈門家に伝わる「ヒノカミ神楽」が重要な意味を持つが、高千穂神社では夜神楽が催され、民俗学者柳田國男(1875〜1962)は、神楽の語源は狩猟を意味する「狩りくら」で、狩猟採集から農耕定住に移行する流れから取り残された人々を描いている、という見方を唱えているという(高山文彦『鬼降る森』)。

古事記にはない「鬼」の文字

 作者がどこまで意識したかは分からないが、『鬼滅』のストーリーと日本神話が関連しているのは間違いない。だが、神話を紹介する『古事記』に「鬼」という文字はなく、『古事記』より後に編纂された『日本書紀』から登場する。

 『日本書紀』は実在の天皇の記録もあり、朝鮮半島との外交関係をより反映しているといわれている。「三韓征伐をした神功皇后や、朝鮮半島に軍事介入しようとした斉明天皇の話にも鬼が関連するが、この鬼は「異民族」だという見方もある。

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 鬼は異形の象徴というのは時代が下っても同じだが、『鬼滅』の炭治郎は鬼を憎みつつ、もとは仲間だった異形の存在を受け容れ、情をかける。血なまぐさい惨劇が続く『鬼滅』が人気を集めるのは、異形を排除しない炭治郎の優しさゆえではないか。

 

 

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