今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

牛に引かれて…善光寺詣に隠された史実はあるか

  

 長野市善光寺で4月3日から 御開帳ごかいちょう が始まった。数えで7年に1度の御開帳は本来なら2021年春に行われるはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から1年延期されていた。善光寺というお寺には謎が多い。創建時から説き起こし、その謎に迫るとともに、江戸時代に現在の御開帳を始めた大僧正・等順(1742~1804)について振り返った。

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善光寺本尊は日本最古の仏像

 善光寺の本尊「 一光三尊阿弥陀如来いっこうさんぞんあみだにょらい (善光寺如来)」について、『日本書紀』は欽明天皇13年(552年、壬申)に百済聖明王(?~554)が経典とともに日本にもたらしたと記している。つまり日本最古の仏像なのだが、歴史の授業では仏教伝来には538年と552年の2説あると教わった。552年説の根拠は上記の通り『日本書紀』だが、538年の根拠は何なのだろうか。

 『上宮聖徳法王帝説』や『元興寺伽藍縁起并流記資財帳』は、「欽明天皇(509?~571?)の御代の『戊午年』に百済聖明王から仏教が伝来した」とする。ところが欽明天皇の御代(在位は540~571年とされる)には「戊午」の年が存在しない。欽明天皇の御代より前で最も近い「戊午」の年が538年(日本書紀によると宣化天皇3年)となるということらしい。

 つまり、538年と552年のどちらも、伝来した仏像は同じ善光寺如来なわけだ。御開帳で公開されるのは、鎌倉時代に造られたとされる本尊と同じ姿の「 前立本尊まえだちほんぞん 」、つまり本尊のレプリカなのだが、前立本尊には光背などに日本の仏像とは異なる特徴があるというから、百済から渡来したというのは本当かもしれない。

なぜ善光寺無宗派なのか

 善光寺がどの宗派にも属さないのも、本尊が日本仏教の原点といえる仏像だからだろう。無宗派であるゆえに、善光寺は分け隔てなく万人を救済してくれる寺として、庶民の広く深い信仰を集めてきた。古くから女性の参拝を受け入れ、女人救済の寺として知られるのも、その表れといえる。コラム本文でもふれているが、善光寺如来は女帝の皇極天皇(594~661)を地獄から救出したという言い伝えがある。

 絶対秘仏の「神秘性」と万人救済の「開放性」が同居していることが「遠くとも一度は まい れ善光寺」といわれるほど庶民の信仰を集めている一因だろう。

 都(当時は飛鳥)からなぜ長野市に到達したのかについては多くの説がある。本田善光が背負って運んだのは麻績の里で、やはり皇極天皇が現在の地点に創建したという言い伝えがある。コラム本文では(ある程度までだが)この点も解説している。

有名な戦国の移転奉祀にも謎が

 室町・戦国時代には、善光寺如来はほぼ半世紀にわたって各地を流転(移転奉祀)する。武田信玄(1521~73)は川中島の合戦の戦火から守るため、甲斐善光寺を作って善光寺を丸ごと甲府に移した。北条政子(1157~1225)が奉納した源頼朝(1147~99)の木像が現在、甲斐善光寺にあるのはこのためだ。

 このほか、上杉謙信(1530~78)も戦火を避けるため善光寺如来を、新潟県上越市の浜善光寺十念寺)に移したといわれている。ただ、信玄から始まる移転の変遷に浜善光寺はしっかり位置付けられておらず、浜善光寺に移転した時期はっきりしない。

「牛に引かれて…」の由来は

 無宗派で庶民の信仰を集める善光寺を象徴する言葉に「牛に引かれて善光寺詣り」があるが、この由来は地元の民話だといわれる。

 むかし、今の小諸市に近い村に信心薄い老婆がいた。ある日、川で布をさらしていると、どこからか牛が現れ、角にその布を引っかけて走って行った。老婆は布を取り戻そうと牛を一生懸命追いかけ、善光寺までたどりついたところで牛を見失い、仕方なく善光寺の本堂で夜をあかすことにした。すると夢枕に如来様が立ち、不信心を諭した。目覚めた老婆は今までの行いを悔いて善光寺如来に手を合わせた。家に戻ってみると、牛が引っかけていった布が観音様の肩にかかっていた。それが現在の小諸市にある布引観音だ――という話だ。

牛を追いかけて老婆は善光寺にたどり着く(『共進会と善光寺国立国会図書館蔵)

 なるほど、新人ある者はすべて救済する善光寺如来らしい話だ。作法も戒律もない庶民信仰は今後も多くの庶民を救済してくれるはずだ。

 

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善光寺本堂

 

 

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