今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

サザン『盆ギリ恋歌』の歌詞にみる「お盆」と「反体制」の考察

 デビュー45周年を迎えたサザンオールスターズが、45周年を記念した三部作の配信を始めた。7月17日にリリースされたのがその第一弾が『盆ギリ恋歌』だ。

サザンならでは?「攻めた歌詞」

 ファンキーでエキゾチックな曲だが、歌詞に「ヤバない?怖ない?正気かい?」と思った人も少なくないのではないか。桑田佳祐さん作詞の歌詞は、ただの「夏ソング」ではない。かなり攻めている。

  

盆ギリ盆ギリ 夏は盆ギリ ヨロシク Hold Me Tight

盆ギリ盆ギリ 今は亡き人と 素敵な Lovely Night

ギンギラギンギラ 踊る女と 男の曼陀羅まんだらえ

シッポリシッポリ 好きなあの子と 故郷ふるさと帰りゃんせ

ヤバない?怖ない?正気かい? 姿は見えねぇけど

誰もがやってるよ~ みんなに内緒だよ~

ちょいと老若男女が熱い魂で 『Rocking On』で Show!!

もう一度死ぬまで 踊り明かすのさ Uh Uh

ほいで 呑めや歌えの迎え送り火 うたげは Oh What A Night!!

遠い…夏の…恋でした

 

盆ギリ盆ギリ おどま盆ギリ ヨロシクHold Me Tight

ほんにゃらほんにゃら 祇園精舎ぎおんしょうじゃは魅惑のHoly Night

ぼんぼりぼんぼり 『牡丹燈籠ぼたんどうろう』がパーティーになっちゃって

Don’t Worry Don’t Worry 般若波羅蜜はんにゃはらみつ 冥土に Going Home

今際いまわの際で叫んだよ 「イクのはエクスタシー!!」

涙はじんじろげ 祭りだ納涼だ!!

こりゃスーパーボウルグラミー賞より 盛り上がるんで Show!!

愛倫情事に うつつ抜かすのも Uh Uh

あのサザンビーチでナンパするならヨシオんとこ(夏倶楽部)でShow!!

遠い… 夏の… 夢でした

ちょいと危険な夢だったよ

 

ちょいと 老若男女が熱い魂で 『Rocking On』で Show!!

夜空の花火で 海がきらめいた Uh Uh

ほいで 呑めや歌えの迎え送り火 Stairway To Heaven!!

遠い…夏の…恋でした

熱い…恋の…物語

歌詞が参考にしているのは『五木の子守唄』 

 「盆ギリ」には「初盆」の意味がある「盆義理」と、「盆まで」に期限を切るという意味の「盆ぎり」があるが、この歌の「盆ギリ」は後者の「盆ぎり」と思われる。この歌は熊本県の人吉・球磨地方に古くから伝わる『五木の子守唄』を参考につくられたと思われるが、『五木の子守唄』に出てくる「盆ぎり」は後者の意味だからだ。

 『五木の子守唄』の歌い出しは、

おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんど 盆が早よ来りゃ早よもどる

(私たちは盆まで、盆までですよ。盆から先はいませんよ。盆が早く来たら、早く帰れるよ)

と、最初から「盆ぎり」が出てくる。『盆ギリ恋歌』の歌詞のなかには、「故郷ふるさと帰りゃんせ」とあり、「おどま(私たち)」という言葉も登場する。

 『五木の子守唄』は、子どもを寝かしつける一般的な「子守唄」ではなく、家が貧しくて子守奉公に出された娘(守り子)が仕事のつらさを慰め、盆休みに故郷に帰るのを待ちわびる「守り子」の唄だ。

熊本県にある『五木の子守唄』の像

故郷のエネルギーを示す歌

 口伝えで広まったため、『五木の子守唄』の歌詞は70通りあるといわれるが、『盆ギリ恋歌』の歌詞は古関裕而(1909~89)が編曲し、NHKラジオで放送されて全国的に広がった歌詞を参考につくられているようだ。

 サザンは45周年を迎えるにあたり、これまでにツアーで巡った日本各地のファンやメンバーの故郷への思いを公表している。9月には空で繋がるすべての故郷への感謝を込めて、サザンの故郷である茅ヶ崎で野外ライブ「茅ヶ崎ライブ2023」を開催するというから、夏の盆の時期に「故郷」のエネルギーをテーマにした歌をリリースしたのだろう。

盆は日ごろの抑圧から抜け出せる日

 しかし、『盆ギリ恋歌』は、『五木の子守唄』に登場する幸薄い守り子の悲哀の歌とは程遠い。お盆の夜に老若男女が「ギンギラ」「しっぽり」と徹夜で乱痴気騒ぎを繰り広げる歌が、なぜ『五木の子守唄』と結びつくのか。

 守り子たちが待ち望んでいたのは、盆の夜に故郷に帰ることだった。それは親兄弟に会えるから、だけが理由ではなかっただろう。お盆は日ごろの抑圧や苦難から解放される特別な非日常の日だった。

『浮世絵鑑 第3巻』国立国会図書館

 かつての盆には、各地域で見知らぬ異性との交遊や乱痴気騒ぎが行われ、その場となったのが「盆踊り」だった。 歌詞にある通り、盆踊りでの非日常の乱痴気騒ぎは、「スーパーボウルグラミー賞より盛り上がる」ものだったのだ。

「風紀を乱す」政府が禁止した盆踊り

 西洋を模範にして近代化政策を進めた明治政府は、日本古来の習俗の排除を図り、「若者や子どもにとって奉公(仕事)や家業の妨げになる」「地域の風紀を乱す」として、①一か所に多くの男女が集まること②裸体や奇妙な格好をすること③楽器などを打ち鳴らすこと④町中を踊り騒ぐこと――の4点を禁じた。表のように禁止令が出された時期や場所が異なるのは、①~④が特に目立つ場所から取り締まったからだろう。

 『盆ギリ恋歌』の歌詞には「『牡丹燈籠』がパーティーになっちゃって」ともある。盆の夜に牡丹模様の燈籠に導かれた美しい女性の幽霊と逢瀬を重ねた男が、愛を深めた末に殺されてしまう怪談が「パーティーになっちゃった」ということは、あちこちでこの世に戻った霊との逢引があったということだろう。

 もちろん、霊との逢瀬など現実にはあり得ないのだが、『盆ギリ恋歌』は、般若心経の教え「般若波羅蜜はんにゃはらみつ」に、盆が終われば冥土に帰れる(Going Home)とあるから、心配せずに(Don’t Worry)楽しもう、と歌っている。

月岡芳年「月百姿 盆の月」国立国会図書館蔵)

 「 うたげは Oh What A Night!!」は、「宴は終わらない」と聞かせる仕掛け、最後の「Stairway To Heaven!!=天国への階段」は「怪談」にかけていると思われ、歌詞の意味だけで歌に込められた意図をすべて解釈することはできない。しかし、全体を通じて歌われているのは、「現世の老若男女も霊も区別なく、お盆は愛で乱れ、燃え上がろう。お盆とは皆が故郷に帰ってエネルギーを解放する日なんだから」というメッセージとみていいだろう。

込められた反体制のメッセージ

 為政者が盆踊りを禁じたのは明治時代が初めてではない。江戸時代には民衆の抑圧されたエネルギーが反体制運動や暴動の核になる懸念から、徳島の阿波踊りや岐阜の郡上踊りも藩主が中止を命じたことがあるという。

 その「盆踊り」を、禁止令など無視して楽しもうというのだから、『盆ギリ恋歌』には自ずと反体制のメッセージも込められている。作詞した桑田さんは、エロティックな乱痴気騒ぎを巧妙にオブラートに使いながら、その裏にあったかつての地域住民のエネルギーと、抑圧や反体制を解放する場としてのお盆を歌いたかったのではないか。

男女が踊り明かす盆踊り(『浪速鑑 巻4』国立国会図書館蔵)

「禁止」の踊り、世界文化遺産

 風紀の乱れより各地に出された禁止令で各地の盆踊りは明治後期には下火になったが、大正以降にはわいせつな掛け声を改めたり、徹夜で踊り狂うことをやめるなどして復活し、今でも続いている。

 国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は昨年秋、「郡上踊ぐじょうおどり」(岐阜県郡上市)など24都府県41件の盆踊りや念仏踊りからなる「風流踊ふりゅうおどり」を無形文化遺産に登録すること決めたが、文化として世界共通の遺産になるまでには、さまざまな苦難があったわけだ。

各地で開かれる盆踊り。今は地域の絆となっている

 特別で非日常のお盆の歴史については、以前にこちらのコラムでも分析している。よろしければお読みいただきたい。

読売新聞オンラインの関連コラム

 

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