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読売新聞編集委員  丸山淳一

「神君伊賀越え」は大和経由? 甲賀・伊賀越えの可能性も

 天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変織田信長(1534~82)が明智光秀(?~1582)の謀反で命を落とす。信長の招きで安土、京、堺を訪れていた徳川家康(1542~1616)は、命をかけた逃避行で領国の三河(愛知県)へと逃げ帰る。三河一向一揆三方ヶ原の合戦とともに家康の3大危機のひとつとされる「神君伊賀越え」である。

 だが、有名な事件なのにもかかわらず、伊賀越えのルートには諸説あり、謎が多い。富山市郷土博物館主査学芸員萩原はぎはら大輔さんは、家康は通説とは異なるルートを通ったと推測している。

 萩原さんといえば、加賀藩兵学者だった関屋政春(1615~85)が戦国時代の逸話を書き残した『 乙夜之いつやの書物かきもの 』を研究し、2年前に「光秀は変の当日、本能寺の現場にいなかった」という新説を発表して話題になった。『乙夜之書物』は家康の伊賀越えをどう伝えているのか、萩原さんにインタビューで解説してもらった。

読売新聞オンラインのコラム本文

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大和越えは宇治田原までか

 詳しくはインタビューをお読みいただきたいが、萩原さんの説は竹内峠から大和に入り、山城(京都府)、近江(滋賀県)経由で宇治田原に入るルートで、通説通りの伊賀越えルートとは異なる。

 しかし、宇治田原から先は通説の伊賀越えと同じで、いわば「大和経由伊賀越え」といえるものだ。高見峠を越え、伊賀越えをほぼ完全に否定する「大和越え」説もあるが、萩原さんはこの説には同意していない。

 その一方で萩原さんは、小川城から柘植までを信楽経由で大回りする「甲賀越え」も完全に排除していない。このルートでも柘植から先は伊賀を通るが、伊賀より甲賀(近江)の方が距離はずっと長くなる。

 このルートは3説ある「伊賀越え」のルートのひとつで、宇治田原より前に大和を経由しても、経由しなくても、家康が通った可能性はゼロではない。「大和経由伊賀越え」は「大和経由甲賀・伊賀越え」と呼ぶのが正確だったかもしれないわけだ。

以上2枚の地図は『異聞本能寺の変』などをもとに筆者作成

家康は甲賀越えをしたのか?

 大河ドラマ『どうする家康』では、家康がどの道を通るかわかりにくくするため、3ルートを家康と重臣が分かれて進み、家康は甲賀越えではなく、3ルートのうち最も南側のルート、すなわち多羅尾経由で伊賀の山中を進むルートをとって、伊賀者に捕らえられたという筋書きにしていた。

 家康が3ルートのうちどれを通ったか、は(3ルートのどれも通らなかった可能性も含めて)まだ確定していないが、萩原さんも述べているように、いずれのルートを通ったとしても、家康はドラマで描かれたような命の危機には直面しなかったとみられる。

『どうする家康』では山田孝之さんが演じる服部半蔵(「徳川二十将図」
出典:ColBase<https ://colbase.nich.go.jp/>)

服部党の活躍や本多正信の救援は後世の創作か

 ちなみに服部半蔵(1542~96)が家康一行を先導したという話は後世の創作の可能性が高く、三河一向一揆で家康に背いて出奔していた本多正信(1538~1616)が家康の命を救ったという話も、当時の史料では確認できない。

『どうする家康』では松山ケンイチさんが演じる本多正信(「徳川二十将図」
出典:ColBase<https ://colbase.nich.go.jp/>)

 ただ、後世の軍記物語にそう記すものもあり、半蔵や正信の活躍はドラマの創作ではない。一方、ドラマでは、家康と別行動をとった穴山信君(梅雪、1541~82)が家康の身代わりになって死んだように描かれたが、後世の軍記物語には家康が信君を殺したと記すものもある。

『どうする家康』では田辺誠一さんが演じた穴山信君(「徳川二十将図」
出典:ColBase<https ://colbase.nich.go.jp/>)

穴山信君の殺害、家康犯人説も

 インタビューの中で萩原さんが説明しているように、『乙夜之書物』は木津川の渡し(場所不明)で船に乗り遅れた信君が家康の目の前で殺されたと記している。信君が家康の身代わりとなり、その首が家康の首として光秀のもとに届けられたという逸話は後世の軍記物語にもなく、ドラマの創作だろう。

 萩原さんにはインタビューとは別に、安土の饗応から三河帰国後の動きまで、伊賀越え前後の家康の動きも含めた寄稿をいただいた。こちらもあわせてお読みいただきたい。

大河ドラマの神君伊賀越えの内容を踏まえて内容を更新しました。

 

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