今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

終戦77年の夏に振り返る81年前の「総力戦研究所」の結論

 終戦から77年の8月15日が過ぎたが、今回は81年前の夏、昭和16年(1941年)夏の話から始めたい。当代一流の経済学者を集め、主計中佐の秋丸次朗(1898~1992)が率いた陸軍省戦争経済研究班(通称「秋丸機関」)が、この夏に陸軍上層部に「日米の国力差は20対1」と報告していた話はすでにとり上げた。

 もうひとつ、政府直轄の調査研究機関「総力戦研究所」の「模擬内閣」も昭和16年の夏、「日本必敗」の予測を出している。

読売新聞オンラインのコラム本文

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総力戦研究所とは

 作家で参議院議員猪瀬直樹さんの著書『昭和16年夏の敗戦』によると、この研究所は各省庁や陸海軍、民間から選抜された若手エリートを集め、戦争を主導する人材を育てるために設立された。総力戦のための調査研究機関といっても、主眼は指導者の育成にあり、イギリスの「国防大学」がモデルだという。

 昭和16年4月に入所した1期生35人(官僚27人、民間8人)は座学に加えて軍艦の見学なども行っているが、総力戦を指導するには縦割りの打破が不可欠だ。当時はともすれば政府の官と民、各省と陸軍、海軍がいがみあって、データの共有などができていなかった。

 そこで、7月からは研究生が首相や閣僚役になる模擬内閣がつくられ、総力戦を学習するための机上演習が行われた。閣僚役となった研究生は出身省庁や企業から極秘データを取り寄せ、省庁間の縦割りを排除して今の国力で米英と戦争したらどうなるか、総力戦の展開を予測した。

模擬内閣が出した「日本必敗」の結論

 優秀な頭脳を突き合わせ、模擬内閣が8月16日の「閣議」で出した結論は「日本必敗」。「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後は長期戦が必至で、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない」。秋丸機関の報告書より端的に日本の敗北を予想している。原爆投下を除き、この予想はほぼ的中した。

あまりに不合理な東條英機の感想

 模擬内閣の結論は8月27、28日に首相官邸で首相の近衛文麿(1891~1945)や陸相東條英機(1884~1948)ら政府・軍部首脳に報告された。『昭和16年夏の敗戦』に記された東條の感想は、当時の指導部を覆う「空気」を表している。ちなみに東條は結論の報告を受ける前から研究所を訪れ、模擬内閣の閣議の議論を熱心にメモしていた。

    

 「戦というものは、計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく。したがって、君たちの考えていることは、机上の空論とはいわないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものをば考慮したものではないのであります。なお、この机上演習の経過を、諸君は軽はずみに口外してはならぬということでありますッ」

 この感想の不合理さはお分かりだろう。そもそも意外な要素が机上演習で入らないのは当然で、そうした天祐が排除されなければ総力戦など指導できるはずがない。総力戦を覚悟するなら、「とらぬ狸の皮算用」、つまり計画倒れがないか、にこそ入念な検討が必要なはずだが、東條はその逆のことを言っている。

 にもかかわらず、なぜ開戦が選択されてしまったのか。コラム本文では慶応大の牧野邦昭教授が行動経済学プロスペクト理論)と社会心理学の観点から分析した結果を紹介しているので、お読みいただきたい。

シーレーンが維持できず大東亜共栄圏が崩壊

 「日本は勝てない」という警告を出した総力戦研究所の模擬内閣も秋丸機関も、開戦を止められなかった時点で役割を終えたわけではない。戦争が始まってしまった以上、少しでも勝機を引き寄せるにはどうすべきか。ともに指摘しているのは、「シーレーンの防衛」だった。

 太平洋戦争は資源自活のための経済戦争でもあり、日本は大東亜共栄圏をつくって資源や食料、労働力を自らの経済ブロックで調達できる体制を作れば長期戦を戦えると判断していた。そのためには経済圏内のシーレーンの確保が絶対条件になるのだが、軍(特に海軍)のシーレーン防衛の取り組みは後手に回った。海軍が組織的に商船隊の護衛を始めたのは昭和18年(1943年)になってからだった。

 軍による民間船の徴傭も一向に減らず、ガダルカナル島攻防戦では増派のための徴傭船が確保できなかった。これがガダルカナルの敗因となった「兵力逐次投入」の一因との見方もある。

 この結果、大東亜共栄圏は維持できなくなり、資源や食料不足が起きて日本は敗北する。

安達宏昭『大東亜共栄圏』などを参考に筆者作成。構想ではインドとオーストラリアも共栄圏に含まれていた
安達宏昭『大東亜共栄圏』などを参考に筆者作成。構想ではインドとオーストラリアも共栄圏に含まれていた

新たな77年の始まり?

 明治維新から終戦までも77年だから、昭和20年(1945年)を境とする戦前史と戦後史は、今年で同じ長さとなった。今年はロシアのウクライナ侵略や安倍元首相の殺害など、戦後民主主義の枠組みを揺るがす出来事が続いている。後世に「新たな77年の始まり」とされる年になるかもしれない。

 8月15日は「破滅に至った過去の失敗の教訓を顧みる日」だと思う。不合理な選択を是とした軍部や政府、そしてマスコミの責任も大きい。国難を乗り切るために総力をあげて奮闘する意義は否定しないが、自戒も込めて、合理的な警告に耳を塞いではいないか、冷静に考え直すことを忘れてはいけないと思う。

 

 

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