今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

小栗忠順が東京湾に残した「志」の遺産

 NHK大河ドラマ「青天をけ」で、もう少し長く見たかった人物がいる。東征軍(後の新政府軍)との徹底抗戦を唱えて 罷免ひめんされ、領地だった上州権田村(現在の群馬県高崎市)で理不尽に殺害された 小栗おぐ上野介こうずけのすけ忠順ただまさ(1827~68)だ。

読売新聞オンラインのコラム本文

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 ドラマで武田真治さんが演じた小栗は、外交、通商、行財政改革から金融政策、産業振興など非常に多岐にわたって改革や近代化を成し遂げた。小栗の超人的な仕事ぶりについては別稿でもまとめている。

東京湾整備に大きな足跡

 明治になって行われた東京湾の整備についても小栗の志が原点にあるという。国際協力機構(JICA)がその経緯を動画番組にして公開した。

  

  小栗のすごいところは、幕末の動乱にもかかわらず、多くを計画倒れに終わらせず、明治新政府に引き継いでいることだ。横須賀造船所(製鉄所)はその代表といえる。

土蔵付きの売り家を残す

 元治元年(1864年)、幕府は小栗の後押しもあって、横須賀造船所(製鉄所)の建設を正式決定する。

 本当はアメリカの力を借りたかったのだろうが、南北戦争さなかのアメリカはそれどころではない。ロシアとイギリスは領土的野心があって危うい。小栗は盟友だった幕府目付の栗本鋤雲じょうん(1822~97)を通じて駐日フランス公使レオン・ロッシュ(1809~1900)に接近し、フランスの力を借りて計画を進める。

レオン・ロッシュ(左)と栗本鋤雲(国立国会図書館蔵)

 財政難のなかで総工費240万ドル、東洋一の大工場をつくる壮大な計画には幕府内から反対論が湧きあがったが、先行きを危ぶむ鋤雲に対し、小栗はこう答えている。

 「どうしても必要な製鉄所を造れば、他の冗費を削る口実もできる。たとえ新たな持ち主にのしをつけて提供することになっても、土蔵付きの売り家を残せば幕府の栄誉になる」(『匏庵遺稿』)

すでに倒幕を覚悟していた

  小栗は、幕府はもう長続きしないことを予期していた。実際に建設途中で幕府は消滅し、造船所は建設を引き継いだ明治新政府が完成する。多数の軍艦だけでなく、富岡製糸場生野銀山で使われた機械類や蒸気機関もここで生まれた。

 のちに日本海海戦バルチック艦隊に完勝した連合艦隊司令長官東郷平八郎(1848~1934)は自宅に小栗の子孫を招き、「勝てたのは小栗さんが横須賀造船所を造ってくれたおかげだ」と謝辞を述べている。

小栗上野介忠順

 

部長、課長もここから始まった?

 造船所が残したレガシー(遺産)は、ものづくり技術にとどまらなかった。経営学者の坂本藤良(1926~86)の『幕維新の経済人』によると、フランス流に運営された造船所には「部長」「課長」などの職責や洋式簿記による経理管理など、近代的な会社経営の手法もここで初めて導入された。工員らの給与を能力主義で決め、環境に配慮して森林伐採をしないルールまであったという。

明治の横須賀造船所(『日本名勝図絵』国立国会図書館蔵)

 年功序列の見直しやSDGs(持続可能な開発目標)にまで配慮している。すべてを小栗が決めたわけではないが、小栗の先取の精神は多分に反映されている。

東京湾整備に生きた志 

 小栗の先見の明は渋沢ら明治の経済人に影響を与えた。東京湾の整備には小栗の思想が引き継がれている。

 東京湾は遠浅のため、沖に停泊させた大型貨物船からはしけによって荷物の積み下ろしをしていた。これでは効率が悪いと考えた浅野総一郎(1848~1930)は、浚渫しゅんせつと埋め立てで大型船が直接着岸して作業ができる波止場を「石も土も石灰石も国内で賄えるセメント」で作ろうと決心した。

浅野総一郎国立国会図書館蔵)

「この身が終わっても将来に役立つ仕事を」

 そんな大事業は国がやることだという反対論もあったが、「国のためになることを国ができないなら自分がやる。この身が終わっても将来に役立つ仕事をしておく」と事業を進めた。小栗の菩提寺、東善寺(群馬県高崎市)が発行する「小栗上野介情報」によると、浅野の決意の原点には、「幕府が終わっても日本は続く」「土蔵付き売り家になれば幕府の栄誉だ」という小栗の志があったという。この事業は後の京浜工業地帯の形成につながった。

英国から導入した浚渫船、苦心重ね

 日本で機械による浚渫作業が行われたのは横須賀港が最初。浅野は東京湾の川崎~鶴見~横浜間の浚渫に英国から輸入された浚渫船を導入したが、日本と英国の土の質の違いなどから機械に何度も改良を重ねる苦心があったという。

  

 

※JICAの動画公開を受けて、2023年5月に内容を改めた

 

参考資料「小栗上野介情報85 2023年4月」(東善寺発行)

 

 

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