今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

牧野富太郎を顕彰するのに不可欠な視点とは

自宅書斎での富太郎(国立国会図書館蔵)

 NHK連続テレビ小説『らんまん』で神木隆之介さんが演じる主人公の槙野万太郎のモデルは、日本を代表する植物学者、牧野富太郎(1862~1957)だ。貧困にあえぎつつ、ひたむきに研究を続けた植物学者のことは、ご存じの方も多いだろう。だが、富太郎がドラマが描く通りの破天荒な人生を歩んだことは、あまり知られていないかもしれない。

読売新聞オンラインのコラム本文

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龍馬と万次郎との邂逅は創作だが

 NHKのホームページによると、『らんまん』は「激動の時代の渦中で、ただひたすらに愛する草花と向き合い続けた、ある植物学者の波乱万丈の物語として大胆に再構成」している。ドラマで万太郎はディーン・フジオカさんが演じる坂本龍馬(1836~67)や宇崎竜童さんが演じるジョン万次郎(1827~98)と会い、植物学者として自由に生きていくことを決める。

 土佐(高知県)の2人の偉人との邂逅はドラマ上の創作だが、『らんまん』チーフ・プロデューサーの松川博敬さんは、富太郎を「学者版の坂本龍馬」として描く構想を持っていたという。ドラマはドラマであり、「史実と異なっている」と目くじらを立てるつもりはない。富太郎はドラマ上の演出なしでも破天荒な人生を歩んでおり、その生き様は確かに龍馬のイメージに近い。

坂本龍馬(左)と中浜万次郎国立国会図書館蔵)

研究成果の裏に妻などの犠牲

 困難や妨害にめげず、生涯をかけて好きな植物研究の道を突き進んだ、と言うと高潔な人格者のようにも聞こえるが、富太郎は決して聖人君子ではなかった。輝かしい研究成果は、世話になった大学教授の顔をつぶし、2人の妻を金策に走らせ、実家を破綻させるという犠牲のうえに成り立っている。

 『らんまん』で植物監修をしている国立科学博物館研究部陸上植物研究グループの田中伸幸グループ長は、近著の『牧野富太郎の植物学』(NHK出版新書)のなかで、「他人に迷惑をかけながらも自分中心でやりたいことを成し遂げられる人物は、自由な境地に立ったときにその能力を発揮できる。『自由は土佐の山間より』といわれた土佐人の性分かもしれない。牧野の生きた時代は、そういう人生を歩ませることを可能にした、いい時代だったのだろう」と記している。

練馬区立牧野庭園内にある牧野の書斎

科学者としての業績を評価すべき

 田中さんによると、「1500を超える命名」や「40万点の標本」という数字は根拠に欠けると指摘し、根拠に乏しい大げさな数字をあげたり、独特の人物像や富太郎を支えた人々の人間ドラマで富太郎の功績を測ろうとする傾向に疑問を呈し、もっと科学者としての富太郎の業績を客観的に評価すべきだと主張している。

 耳の痛い指摘だ。田中さんは、家庭や家業を顧みずひたすら研究に励んだ人間ドラマに引っ張られて、苦労人が残した業績なのだからすごいに決まっている、と判断することに警鐘を鳴らしているのだろう。

4月24日は「植物学の日」なのか

 それに関連して田中さんが前掲書の中で異議を唱えているのが、牧野の生誕日である4月24日を「植物学の日」としていることだ。田中さんが調べた限り、植物学の日を誰がいつから言い出したのかは謎のままだという。

 誰かが言いだし、それを引用する形で広がっていると推測されるが、田中さんは、「ことの由来や真相を考えることなく、ただ単に言い伝えることだけでは、牧野富太郎の真の顕彰とはいわない」と記している。

 富太郎の人間ドラマで植物監修をしている田中さんがくぎを刺しているいのだろう。人間ドラマが知りたい方はドラマwpご覧いただきたい。コラム本文でも詳しく触れている。

 

 今年の4月24日にもSNSには「きょうは植物学の日」というつぶやきが相次いだ。朝日新聞の「天声人語」(4月25日朝刊)まで「きのう(24日)は植物学の日であった」と断定調に記しているのには驚いた。他紙の揚げ足をとっても仕方ないし、自分も過去40年近い記者生活で同様の確認不足を何度かしてきた。ことの由来や真相を考えることなく、言い伝えるだけにならないようにしたい。

 

 

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