今につながる日本史+α

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読売新聞編集委員  丸山淳一

家康はか弱い白兎か虎の子か…干支に2説

 読売新聞オンラインでコラムを書いて5年になった。長い間コラムを書いていると悩ましい問題に突き当たる。取り上げる人物の生没年もそのひとつ。ÑHK大河ドラマで放送中の『どうする家康』主人公の徳川家康(松平竹千代)についても悩ましい問題がある。

 家康が岡崎城で産まれたのは、天文11年(1542年)12月26日というのが定説だ。徳川家の系図『徳川家譜』も家伝の『松平記』も生まれは天文11年。元和2年(1616年)年に75歳で没したという記録から逆算しても天文11年の生まれになる。確かにこの年と月日は「壬寅」の「寅の日」で、家康はドラマの中で、自身も「寅(虎)の子だ」と言っている。

岡崎城に残る東照公産湯の井戸

家康自身が年齢サバ読みを認める

 ところが、家康は翌年(1543年)の卯年(ウサギ年)生まれとする説がある。家康自身がこれを否定した史料があるのだ。家康は慶長8年(1603年)2月に征夷大将軍に任官した直後、「天曹地府祭」で陰陽師の土御門家に無病息災・延命長寿を祈祷させているのだが、神に捧げる願文に年齢(数え年)を「六十一歳」と記している。天文11年生まれなら、「六十二歳」と書くはずだ。

 同じ慶長8年の12月26日には、京都の相国寺などで将軍生誕の祈祷も実施されているから、家康が「自分の誕生日は公式見解で天文11年12月26日とされている」ことを知らなかったはずはない。にもかかわらず天曹地府祭の神への願文には61歳と記しているのを、家康の勘違いや書き間違いとは考えにくい。公称年齢が偽りで、願文にウソは書けなかったから、とみる方が自然だろう。

 公称天文11年とされたのは、生まれついての帝王であることを印象づけるためとみられ、『どうする家康』でも松嶋菜々子さんが演じる母の於大の方が、卯年生まれではなく、寅年最後の寅日生まれに置き換えたように描いている。今年が卯年であることもあって、織田信長(1534~82)が家康を「俺の可愛い白兎」と呼ぶなど、ドラマ序盤では「兎か虎か」は重要な要素になっている。

磯田道史さんも卯年誕生説を支持

 「寅の刻」生まれを歴史学者磯田道史さんは読売新聞に連載中の「古今おちこち」でこの問題を取り上げ、以下のような自説をあげて天文11年説に否定的な見解を示している。

 「家康が天文11年12月末の生まれだとまずい証拠物がある。家康は竹千代と命名された。家康の父・松平広忠連歌会で「めぐりは広き園の千代竹」と詠んだのにちなむ。『愛知県史』は「検討の余地がある」とするが、この時の連歌会の記録(懐紙)の日時は天文12年2月26日夜だ(称名寺文書)。家康は大事な嫡男だ。天文11年生まれなら連歌会の日まで2か月間も命名されなかったことになる。家康は天文12卯年2月26日から遠くない日に生まれた可能性を指摘しておきたい」(以上引用)。

公式見解も家康も正しい?

 だが、ひょっとすると公式見解も家康の認識も正しかったのではないか、とする見方もあるということを『どうする家康』時代考証の平山優さんのツイッターで教わった。岡崎で三島暦を採用していたとすれば、朝廷の採用する京暦とのずれが生じる可能性があり、三島暦では天文11年、京暦では天文12年ということがありうるというわけだ。

 この場合、家康は天曹地府祭の願文には三島暦で自分の誕生年を記したことになる。この件とは別だが、織田信長は京暦と三島暦の違いを朝廷に指摘し、三島暦の正当性を主張しており、信長の領国、尾張(現在の愛知県)に近い三河(同)で三島暦が浸透していた可能性は十分にある。

 信長と暦の話は↡こちらに詳しく書いている。

和暦→西暦で悩むことも

 もうひとつ、コラムで生没年を書く時に問題がある。和暦を西暦に直す際に、旧暦だと特に年末、西暦では翌年になってしまうことがある。元号の後に西暦を入れる場合は元号を西暦に言い直しているが、生没年を西暦表記のみとするルールに従うと、どう表記すればいいか迷うことはよくある。天文11年は西暦に直すと1542年だが、和暦の旧暦(太陰太陽暦)の12月26日は西暦では1543年になっているのだ。

 「そんな細かいこと、どうでもいいではないか」と思う人もいるかもしれないが、歴史における日時は決定的に重要だ。それが人物への親近感を一気に変えることもある。ちなみに信長の誕生日は最近は5月28日だったという説が有力になりつつあるが、私は最近の説を熱烈に支持している。5月28日は私の誕生日でもある。

 

 

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