今につながる日本史+α

今につながる日本史+α

読売新聞編集委員  丸山淳一

バス「とまります」ボタンは日本独自の文化だった

              f:id:maru4049:20200223035334j:plain

 新型コロナウイルスの感染拡大で公共交通機関の対策が強化されている。乗客にマスク着用や手洗いの励行を求めるアナウンスが流れ、窓開けや車内の消毒も強化されているという。

 つり革を手首でひっかけたり、手すりをハンカチを持って握る人もいるようだが、ちょっと気になるのがバスの降車ボタン。消毒する回数にも限りがあるだろうし、押さないわけにはいかない。小さな子どもが押したがる傾向があるのも心配だ。

 日本の降車ボタンの長所

 だが、日本のバスの降車ボタンは最初の一人が押せば「とまります」のランプがつくので、ほかの人はボタンを押さない。欧米の乗合バスにも降車ボタンはあるが、ランプはつかないものがほとんどだという。

 多くの人の“空押し”を防いでいる光るボタンは感染拡大を少しは防いでいるかもしれないし、外国のボタンより寿命も長いのだろう。ライト付きボタンは日本では当たり前だが、日本のほかには日本製の乗合バスが輸出された韓国、台湾くらいにしかないのだそうだ。

 このバスの降車ボタンには、約70年の歴史がある。乗合バスに車掌が乗らなくなり、ワンマンバスが登場した際に誕生した。日本初のワンマンバスは昭和26年(1951年)に大阪市交通局が走らせたが、このバスにはすでに降車ボタンがついていたという。

ランプ付きは前回の東京五輪前に登場

 押すとランプがつく降車ボタンが初めて登場したのは前回の東京五輪の前年、昭和38年(1963年)で、開発したのは東京都北区の王子ダイカスト工業(現オージ)だった。バスのワンマン化が進むにつれて、1970〜90年代には他社も降車ボタン製造に参入し、「とまります」「次とまります」の文言などが異なるさまざまなボタンがつくられた。

             f:id:maru4049:20200223035638j:plain

 しかし、まずランプのレンズが基本的に紫色に統一され、バリアフリー法の施工を受けて平成16年(2004年)に色や取付位置の高さまで規格化されたバリアフリータイプに統一された。これ以降は製造から撤退する企業が相次ぎ、現在ではオージと岐阜県本巣市に本社があるレシップだけが降車ボタンを製造している。

 日本流の気遣いが凝縮

 今の降車ボタンは見やすいように黄色とされ、通常は1台のバスに30~32個のボタンが付けられている。取付取付位置が低いものは取り囲むガードが出っ張った誤操作防止タイプにされ、視覚障害者も押しやすくするための形状変更も行われている。

 ボタンが周りよりへこんでいるのは、よろけて手すりをつかんだ時に誤って押されないように、また、手探りでもボタンを探しあてられるようにしたためという。

 確かにバスの中のボタンを観察してみると、降車口(中ドア)付近の手すりについている(=つかむことで誤作動が起きやすい)ボタンはへこみが大きく、窓枠(=誤作動が起きにくい)ボタンはへこみないか、むしろ周りより高くなっている。

f:id:maru4049:20200223035714j:plain

 恐らく差を何ミリにすればいいかまで、考えに考え抜かれているのだろう。手すりを持つことが少ないノンステップバスでは、ボタンの数は最大42個あり、配置まで変えているという。

 1度目の東京五輪を前に誕生し、2度目の東京五輪までに形を変えて進歩してきた降車ボタンは、もはや日本独自の産業文化といえる。

       f:id:maru4049:20200403014343j:plain

 最近のインバウンドの増加にあわせたのか、2度目の東京五輪を意識したのか、ボタンに「STOP」の英語表記も登場している。最近は新型コロナの影響で外国人観光客はめっきり減っているが、こうした細かな気配りはいずれ必ず評価される。

接触型ボタンはできないか

 せっかくここまで進化してきたのだから、さらなる日本の「おもてなし文化」の代表例として定着するために、あえて2つ、注文をつけたい。

 ひとつは不特定多数の人が押すことを考慮した抗菌性能の向上だ。私個人は清癖性ではないが、新型コロナウイルスとは関係なく、もはや公共交通機関ではこの問題は避けて通れない。

 おそらくこの点はすでに考えられているのだろうし、誤作動やコストの問題もあろうが、非接触の技術は日進月歩で進んでいる。手をかざすだけで作動するボタンは技術的には可能なはずだ。

なぜいつまでもブザーと呼ぶのか

 もうひとつは、降車ボタンを「ブザー」を呼ぶのはそろそろやめにしないか、ということだ。この呼び名が残るのは規格のせいではない。

 降車ボタンを製造する2社のホームページを見ると、オージの商品名は「メモリーチャイム(降車合図装置)」、レシップの商品名は「降車信号装置(押しボタン)」で、ブザーとは呼んでいない。音色も明らかにブザーではなくチャイムだろう。

 にもかかわらず、私が通勤で使っている東急バスでは、今も「降車の際は、お近くのブザーを押してサービスクルーにお知らせください」というアナウンスが流れる。

 他社やすべての東急バスがそうかは確認していないが、少なくとも私が乗るバスではこのアナウンスだ。これを聞くたびに「運転手さん」のことを「サービスクルー」と言い換えるより、「ブザー」を「チャイム」か「押しボタン」と言い換える方が先ではないかと思う。

f:id:maru4049:20200223040016j:plain

 確かに昔の降車ボタンは押すとブザー音がしたし、昭和38年に登場した時の降車ボタンの王子ダイカスト工業の商品名は「ランプ付きメモリーブザー(降車合図装置)」だった。いまだに「ブザー」というのはこの名残りかもしれないが、これではせっかくのボタンの進化が台無しだ。

 数年前までは新しいバスのボタンの下に「お降りの方はこのブザ(「ブザー」ではない)を押してください」という表示があったバスもあった。

 ブザだろうがチャイムだろうが、どちらでもいいではないかという人もいるだろうが、今や日常生活でブザー音を聞く機会はめっきり減った。形状の進化に遅れないよう、呼び名の方でも「現状にあわせる柔軟性」を忘れないでほしい。

 

 

maruyomi.hatenablog.com

ランキングに参加しています。お読みいただいた方、クリックしていただけると励みになります↓

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村


日本史ランキング


人気ブログランキング